底辺ゆとりサラリーマンさくらいが論理的に人生を変えることができるのか!?

社会人4年目。転職、ベンチャー企業、教育、youtube配信、プログラミング初心者。漫画と映画が好き。コンサルタントの「フレームワーク」を人生に当てはめて向上させることができるのかを実験するブログです。

はじめに:平凡で変わりたいけど変わられない若者に伝えたい私のゆとり人生モデル

この実験を進めて行くのにあたって、まず私の背景や人生の過程をこの実験を進めて行くのにあたって、まず私の背景や人生の過程を紹介したい。

何をやろうとしているかは

論理的に人生を変えるとは? - 論理的に人生を変えることができるのか!?

をみてください。

Alinhando

ゲームに熱中していた平凡な10代

私は群馬県のど田舎で生まれ育った。ひとつ特別なことがあると言えば、双子だったということくらいだろう。

少年時代は、友達と秘密基地をつくったり、ゲームをしたりととにかく普通に楽しんで育った。

この時の僕は、まあクラスの中では中心でもなく外側でもなくいわゆるギョロ充的な立場にいた。

まあ中心から外れるのも怖いし、だからと言っておもしろいことを発信したり運動ができたわけでもない。

この時、特に熱中したのが"ゲーム"だった。

21世紀最大の発明だと言って、毎日毎日ゲームに熱中した。

特にハマったのが、ドラゴンクエストモンスターファームメダロット牧場物語、アストロノーカなどなど。

ここでゲームに熱中したことが今後の人生に影響を与えるようになる

ゲームで好きだったこと、それは"達成感"である。

レベルが上がる、能力が上がる、技を覚える。時間をかければかけるだけ成果が出るということに喜びを感じていた。

School

ゆとり教育真っ只中

この頃、教育はというとゆとり教育真っ只中だった。教科の範囲は削減され、土曜日は休みになった。

ゆとり教育がどうだったのかというのは置いておいて、私は自分で決められない人間として成長していった。

友達に誘われたからサッカークラブに入り、惰性で続けた。

親から言われて、公文に入り、ECCに入り、スイミングスクールに通い、学研を取った。

中学校も友達が入るからとテニス部に入った。

そして、高校受験。塾の先生や親に勧められた学校へ受験した。

ここまで一切、自分で意思決定した経験がない。

ただ、思春期に入り、自分ではなにもできないくせに、理屈めいたことをいううざい青年になっていた。

sky

挫折の高校時代と変わろうとした大学時代

高校時代、周りには優秀な人間ばかりであった。全国的には珍しい男子校だったのだが、変なやつばかりだった。

どんな食べ物にもラー油をかけるやつ、陸上や水泳大会でコスプレしてくるやつ、黒板にアイドルのポスターを貼るやつ、フィギュアを机の上に並べるやつ・・・

ここで、圧倒的な個性を前に自分の特徴のなさにコンプレックスを抱いた。

試験でも普通より悪いくらい、何か熱中しているものもない、将来進みたい道があるわけでもない、ここで何をするにも妥協をするようになっていった。

文系理系の選択では、先生に「文系が向いてそう」と言われて文系にした。

大学の選択では、とにかく東京に行きたかった。

特に理由はなかったのだが、東京に行けば自分も特別な何かになれると思っていたのだ。

そして希望通り、東京の大学に入り、夢見た学生生活が始まった。

しっかり勉強して、特別な人間になろうと意気込んでは見たものの、イベントサークルに入り、自堕落な生活を送っていた。

毎日、ほぼニコニコ動画をみていた。

その中でも、他のみんなとは違うんだと思いたくて、大学外の活動に参加したりした。

夢をかなえるゾウみたりとか自己啓発系の本を読んだりもした。

しかしここでも、同じ課題が訪れる。自分で発信して何かをするということができなかったのだ。

だから何をするにも誰かのレールに乗るばかり。
しかし、Facebookの友達を増やそうとしてみたりとか、まあ色々とベタなことをやった。

そして、ゼミ選びやコース選びでは特別であろうことを欲し、必ず人数が少なくて人気のない方を選んだ。

これは、自分の意思決定をして失敗することが怖かったのだ。

思えば人生ずっとそう、自分の選択に傷つくことを恐れて、自分の人生を生きることができていなかったのだ。

多くの人が若い頃に失敗したほうがいいというのは、「自分の意思決定をたくさんしろ」ということだと今になっては思う。

Hong Kong City

あまのじゃくな就職活動

就職までの間、特別になろうと海外に行ったり、学生団体に入ったり、座禅を組みに行ったりとか本当にいろいろやった。

しかし、案外4年間というのはあっという間、就職活動になった。

友達は、インターンに行ったり、先輩に聞いたりと着々と準備していたが、私はひねくれて何もしなかった。それがかっこいいと思っていたほどだ。

就職先選びでも、とにかくみんなが受けないベンチャー企業を受けた。

成果をあげて企業してやるぜ!くらいになめていた。

ろくにも調べてなく、リクナビのよさそうなところをいくつか受けた。

広告費を出している会社が優先して表示されているなんてその時は知りもしなかった。

とにかく世間知らずだった。

そして意識高そうベンチャー企業に就職した。というかベンチャーではなく中小企業だった。

3年以内に転職

入った会社の生活は、想像していたものと180度違った。

会社説明や集客のインターンに参加しても会社の内部なんてわかるはずない。

活躍してバリバリ稼ぐという意気込みは3ヶ月には、会社に行くのがもう嫌になっていた。

失敗する、怒鳴られる、終電近くに帰って寝る、朝は6時起きみたいな生活を毎日送って精神がおかしくなっていった。

そして2年目に"辞める決意"をした。何も考えていなかった、とにかく辞めたかっただけ。

後に考えたらこれも本当に甘かった。転職するなら情報を集めて、もっと考えるべきだった。

2年間人事だったので、転職についての知識はあったのに、なぜか自分で判断できなかった。転職の情報についてはまた別記事で書こうと思う。

Meeting Cancelled

本当のベンチャー企業に就職

その後、知り合いのつてで8人の企業に入った。これが本当のベンチャー企業

ここで本当にいろいろな経験をしている。ミュージカルしたり、クラウドファンディングしたり、助成金取ったり・・・

8人の企業とか信用もないし、マンションの一室だし、バカにされるしでやっと社会を知り始めたのだ。

そして生活も変わった。時給換算したら3桁くらいだろうし、将来を考えるようになった。

ここで、やっと"自分で考えて行動"ができるようになったのだ。

わからないことだらけで、本などを読むようになった。ここで出会ったのが、今回のブログの発端となった「仕組み仕事術」である。

教養をつけろ、自分で考えて行動しろ

私が今言えるのはこれだけ、凡人の気持ちは痛いほどわかる。

努力すらできないんだよな、方向もわからないし、だからせめて自分で考えて行動できるようになろう。

それは、自分で決定する回数を増やすということ、自分で発信することを増やすということだ。

今回のブログでやって行くことが、少しでも迷える若者の参考になればいいと思う。